CUTTER & BUCK

COLUMN

That's Golf in America.

在米ゴルフジャーナリスト舩越園子によるアメリカンゴルフコラム

vol.2

気高き誇りに溢れた全米オープンだった

今年の全米オープンは、いろんな声が飛び交った大会だった。初めてメジャーの舞台になったチェンバーズベイに対しては「難しすぎる」「グッドショットが報われない」等々、不平不満も聞かれたが、その一方で、劇的な結末と素敵なチャンピオンの誕生に「いい大会だった」と頷いた人は多かったはずだ。

日替わりでパーの数が「4」から「5」へ、「5」から「4」へと入れ替わった1番と18番。ティの位置が崖上になったり崖下になったりで高低差が35メートルも変化した9番。ティの位置を前後に変え、1オンも可能ながら、きわめて難しいピン位置。そんな仕掛けが施されたのは12番、16番。いろんなホールで小さなドラマが起こり続けた。そして、ドラマの最終回となったのは、優勝争いの大詰めでダスティン・ジョンソンが3パットを喫し、ジョーダン・スピースの勝利が決まった18番グリーン上の大どんでん返しだった。

開幕前、帝王ジャック・ニクラスは、こう言った。「最近の選手たちは『このコースは僕のゴルフに合わない』なんて言っているが、自分をコースに合わせ、自分でコースを攻略するのがゴルフだ。コースが好きでも嫌いでも、勝つためには戦うのみ」。

開幕前、ジョーダン・スピースは、こう言った。「コースに対してネガティブな気持ちで来たら、その時点でもう勝てない」。

今年の全米オープンのオフィシャルサプライヤーに選ばれたカッター&バックのウエアに身を包み、毎日、真夜中から夜明けまでチェンバーズベイの整備やコース設定に携わったグラウンドスタッフは総勢200名。彼らも全米から選ばれたコースメンテナンスのプロフェッショナルだ。

誇り高き彼らが丹精込めて作り上げた舞台の上で、誇り高き選手たちが必死の形相で戦い、たった一人の勝者を選び出す。そんなプライドが隅々まで溢れ返ったチェンバーズベイの気高き全米オープンは、誰が何と言おうとも、記録と記憶に残る最高の大会だった。

文/舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

早稲田大学政経学部卒業後、百貨店勤務、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。
学生時代に行っていたゴルフ経験を活かしてゴルフジャーナリストへ。1993年に渡米。米国に常駐し、米ツアーを中心に取材活動を行なう。自身にコーチをつけてゴルフを本格的に練習するなどプレイヤーとしての視点も持ち合わせ、ツアープロや関係者たちからの信頼も厚い。新聞や雑誌、ゴルフ専門誌等で執筆する他、ラジオや講演など多方面で活躍中。